MEDLEYオフィシャルブログ

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「感染症治療薬ガイド」を作りました〜感染症科医が考える”耐性菌”との向き合い方

オンライン医療事典「MEDLEY」でコンテンツ作成をしている医師の園田唯です。近年、抗菌薬(抗生物質)の効かない細菌(耐性菌)が問題となっており、厚労省も対策に乗り出し始めています。こうした動きを受けて、MEDLEYでは「感染症治療薬ガイド」をリリースしました。

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もともと私自身、静岡がんセンター感染症科などで感染症診療に従事していた経験もあり、「感染症治療薬」に関する正しい知識が、医療者にも患者さんにも十分に広がっていないという課題を感じていました。そうした自分自身の想いも含めて、なぜMEDLEYが「感染症治療薬ガイド」を作ったのか、その背景をお伝えしたいと思います。

なぜ「感染症治療薬」なのか

とあるイギリスの研究チームは「このまま2050年を迎えると、年間1000万を超える人が耐性菌の感染によって亡くなり、経済的損失は100兆ドル(2017年8月のレートで1京円以上)を超える」と報告しました。これは、現在の全世界のがんによる死亡者数を超える数です。この問題はあまり一般的に知られてはいませんが、この未来はかなり危機的状況です。

厚生労働省も2016年からこの問題について本腰を入れて取り組みだしており、「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を打ち出して、国として取り組む姿勢を見せています。もはや医療者のみならず、一人ひとりが耐性菌について理解し、考えていく必要がある状況なのです。 

耐性菌が出現する原因には多くのものが考えられていますが、その一つとして感染症に対する抗菌薬(抗生物質)の不適切な使用が挙げられます。

具体的には、抗菌薬を以下のように使用すると耐性菌が増えることが懸念されます。

  • 有効でない抗菌薬の使用
  • 適量よりも少ない投与量
  • 正しくない投与期間 

耐性菌による感染症はなかなか治りませんし、重症になると生命の危険にさらされます。実は間違った形で抗菌薬を使用しても感染症が治ることも多いので、大きな問題を感じる患者さんは少ないと思います。医療者も、薬の飲み方を指示する際に、耐性菌が増える危険性を伝えていない人も多いかもしれません。

しかし、抗菌薬を不適切に使うと耐性菌を生み出してしまい、治らない感染症の危険を呼び込んでしまうかもしれないことは、ぜひ多くの人に知って欲しいと思います。今正しい治療を行うことは、未来にとっても大きな価値があるのです。

ただし感染症治療薬の種類は多岐に渡りますし、医師であっても、最新情報を全て網羅して記憶しておくことは難しいです。一人ひとりの患者さんと向き合う時間が限られているなかで、病気に対して推奨される治療薬をサッと探すことができれば、「有効でない抗菌薬の使用」を防ぐことができるでしょう。医療者による適切な抗菌薬の処方を実現し、そして患者さんにも正しい薬に関する知識を知ってもらうために、MEDLEYの感染症治療薬ガイドは生まれました。

感染症治療薬ガイドとはどういったものなのか

感染症治療薬ガイドは、感染症を治療するときに推奨される治療薬を簡便に見ることができるツールです。感染症の原因となっている微生物が確定できると正確な治療を行うことができますが、実は治療を開始するときには原因微生物が分かっていないことがほとんどです。原因微生物が分からない段階では絶対的な治療は存在しません。とはいえ、いい加減な治療が許されるわけではありません。当然ながらできるだけ勝率の高い治療が求められているのです。

このガイドでは原因微生物が分かっていない段階に、どういった治療を行うと良いのかについても言及しています。

どういった構造・使い方なのか

感染症治療薬ガイドでは、感染症名を指定することで感染症の治療薬について説明を見ることができます。肺炎などの国内に多い感染症だけでなく、マラリアなどの日本国外でよく起こる感染症についても記載しています。今や誰もが飛行機に乗れば世界各地へ飛ぶことができますので、国内ではまれな感染症についても調べることができるようにしてあります。

このガイドでは、感染症を治療するにあたって重要である3点を極力具体的に示すようにしました。

  • より有効と考えられる治療薬
  • 適切な治療薬の投与量
  • 適切な治療薬の投与期間 

例えば「膀胱炎の治療」であれば、「バクタ®」を「1日に2回2錠ずつ」「3日間」飲むことが一つの選択肢として示されます。

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また、もう一つの大事なポイントとして、治療薬の必要のない感染症のページでは「治療の必要がない」と明記してあることです。「治療薬を使わなくても自然に治る場合に抗菌薬を使わないこと」や「ウイルス感染症に抗菌薬を使わないこと」は感染症治療において非常に重要なことになります。 

感染症治療薬ガイドの難しさ

どんなに良いと考えられる治療法を用いても治療に失敗することもありますし、有効とは考えにくい治療を行ったのにもかかわらず感染症が治るということもあります。感染症の治療に絶対的なものはないのです。しかし、最も治療成功率の高い治療としての最善解はあります。

感染症治療薬ガイドでは最善解をお示しできるように多くのものを参考にして考案いたしました。一方で、実際の現場において状況の細部は一人ひとりで異なります。例えば、ペニシリンアレルギーを持っている人に対しては、仮に推奨薬のリストにペニシリンがあっても使うことはできません。

こうした個々の事情を踏まえてアレンジするところまでこの簡便なガイドで踏み込むことは難しいです。一般論としてガイドの内容を踏まえつつ、イレギュラーな部分に関してはその都度修正する必要があります。

感染症治療薬ガイドの強み

このガイドの強みは、他にも多く存在する感染症治療に関するコンテンツよりも、見たい情報を簡便に見られることです。

実際に私が診療で困ったときは感染症に関する成書を参考にします。もちろんこの作業は診療の大きな手助けとなっているのですが、構造が複雑だったりしてお目当てのデータを探すのに一苦労した経験があります。日々の忙しい臨床業務の中では特にこうした煩雑さがネックとなるため、解消できたら良いのになと個人的に思っていました。

その経験を活かして、今回は時間がない中でも知りたいことを特に簡単に調べられるということにフォーカスしております。

また、感染症の治療薬に関する国内外のさまざまな成書や論文を吟味してこのガイドを作成しました。

国内よりも海外のほうが多くの知見が集積されている背景があるため、海外のデータを参考にしています。一方で、感染症の原因となる微生物(細菌やウイルスなど)は、地域によって種類や性質(薬剤耐性傾向:抗菌薬の効きにくさ)が異なります。例えば西アジアでは治療薬の効きにくい結核菌が多かったり、日本ではマクロライド系抗生物質クラリス®、ジスロマック®)の効かない肺炎球菌が大勢を占めていたりします。そのため国内のデータと海外のデータの両方を押さえていることは強みになります。

患者さんに知ってもらいたいこと

臨床現場で忙しい医療者の助けとなるものを作りたいと思ってガイドを作成しましたが、もちろん患者さんにも、薬を飲む際にぜひ見てもらいたいです。医師の立場から、患者さんにぜひ知って欲しいと思うポイントは2つです。

まず一つ目は、治療薬ガイドの横に必ず存在する、病気の説明です。

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病気の基礎情報のページを見ることで、原因や症状などの治療薬以外の情報も見ることができます。例えば、「周りにうつすのか」や「どうしたら予防できるのか」などの追加情報を手に入れることは、自分自身にとっても周囲の人にとっても有意義です。

二つ目は、「自分の使っている治療薬が必要なのかあるいは間違っていないのか」についてです。不必要な抗菌薬を減らすためには、医療者のみならず患者さん自身が気をつけることが重要です。もし耐性菌が出てきてしまったら、苦しむのは薬を使用した人なのですから、なおさらです。

病気になったときは不安も多いでしょうから、抗菌薬を使うタイミングで、是非このガイドを有効利用してください。

きれいな未来を目指したい

耐性菌についての未来が危ぶまれる中、次の2つが、僕らのできることの中でも特に重要なことです。 

  • 抗菌薬の必要な場面では正しく抗菌薬を使う
  • 抗菌薬の必要でない場面では抗菌薬を使わない

このガイドは誰もが自由に見ることができます。医療者のみならず、患者さんやそのご家族などがこのガイドを使うことで、ご自身(もしくはご家族)が今抗菌薬が必要な状態なのかどうかを確認することができます。つまり、薬を処方する側・される側の両方が正しい方向を向くことで、抗菌薬を適正に使える世界を作っていきたいと考えています。

みんなで力を合わせてきれいな未来を目指していきませんか。