MEDLEYオフィシャルブログ

株式会社メドレーのオフィシャルブログです。

「症状チェッカー」、「症状チェッカーbot」をリリースしました

 医師たちがつくるオンライン病気事典MEDLEY(メドレー)、監修医師の沖山です。このたびメドレーで、「症状チェッカー」、そしてFacebook Messenger向けの症状チェッカーbot」をリリースいたしました。

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 症状チェッカーは、自身の症状を入力することで該当する病気を調べられるもので、「せき」「発熱」と入力すると風邪や肺炎、インフルエンザといった病気を始め、頻度の高いものから低いものまで当てはまる疾患が順に表示されます。年齢や性別ごとの病気の可能性の違いにも対応し、例えば「30代 男性」と条件を設定した時には風邪の次に表示されるのが気管支炎なのですが、これが80代の高齢者であれば肺炎が上位に来るようになります。冬であればインフルエンザがより上位に表示されますし、これからの季節で暑さが増せば熱中症が上位に表示されるようになるはずです。

 また、それぞれの病気に対して受診すべき診療科が表示されたり、その診療科のある病院を近くから探せたりする機能もついています。「東京都港区にある病院のうち、◯◯病に対応できる診療科があり、かつその専門医のいる病院」といったように複数条件から希望通りの医療機関を検索することができます。

 この症状チェッカーの機能をFacebook Messengerアプリに対応させ、メッセージをやりとりするだけで該当する病気が確認でき、関連病院の検索が可能となったものが症状チェッカーbotです。医学のような難しく感じられる分野においても、「調べる」という行為がより自然かつ直感的な形で実現できるようになりました。

 

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 医師の脳内をソフトウェア化した症状チェッカー

 症状チェッカーは病院での医師の思考プロセスを再現する形で作られました。診断を行う上で医師が考えるのは、

  • その病気はどのくらい頻度の高い病気か
  • 今ある症状にその病気がどの程度当てはまっているか
  • 病気ごとの男女差
  • 病気ごとの年齢差
  • 病気の季節ごとの流行

といった事柄です。これらの変数はメドレーに登録されている1,400以上の病気についてそれぞれ値が設定されており、このデータを元にベイズ推定(確率分布に、与えられた条件を掛けあわせて推測精度を高めていく手法)によって該当する病気を順に導き出します。

 このような模擬診断システムにおいては、メドレーの症状チェッカーとは異なる手法として、1,400の病気を単純に条件分岐でふるいにかけていくような方法も考えられます。「1,400のうち発熱が出る病気は300、そのうちせきが出るのは50、…」と候補を絞っていくような手法です。しかし条件分岐では一つ間違えて回答した時点で可能性が除外されてしまう点に対応しづらく、また年齢・性別ごとに枝分かれの異なるツリーを無数に用意しなければならないという煩雑さが避けられません。そして何よりも実際の医療においては、一つの病気といっても様々なバリエーションがあり、熱が出ないかぜもあれば、胃腸炎でじんましんが出ることも(そして出ないことも)あるという問題があります。それら全てのマイナーな可能性もカバーした上で条件分岐を作ろうとすると、いくら条件を追加しても可能性がふるい落とされずに候補を絞り切れないという問題が生じてしまいます。

 

 医療は自動化されていくのか

 症状チェッカーの話をすると、「そうやって医療が自動化されていって、医者いらずになるんですね」といった反応が返ってくることがあります。確かに、将来的に医療 × IT、特に機械学習が医療にもたらすインパクトは、過去に比肩するものがないほど大きなものになりそうです。機械学習を踏まえた、症状チェッカーのようなソフトウェアの未来はどうなっていくのでしょうか。そして、医療のうち、まず始めに自動化されていくのはどの部分なのでしょうか。

 GoogleのAlphaGo(人工知能囲碁プログラム)がプロ囲碁棋士のイ・セドル氏に勝利したことは記憶に新しく、もはや人間が人工知能に勝てるゲーム(完全情報ゲーム)は残らなくなってしまいました。医療においても、与えられた情報が同じであれば診断の精度は人工知能の方が高くなるというのは既に見られ始めている現象で、この流れが更に進むのは良くも悪くも時間の問題です。「人工知能は胸の音も聴けないし、レントゲンだって読めない」というのは必ずしも正しくなく、心音のデータを元に診断を提示するシステムは10年前から論文化されていますし(この分野での10年間がもたらす進歩については言うまでもありません)、Enlitic社が提供する、無数のレントゲンから肺がんを検出するAIは、熟練した放射線科医の目を凌ぐ精度をディープラーニングによって達成しています。

 お腹に手を当てることで医師は様々な情報を同時に収集しますが、機械が追いついていないのは、その情報をデータ化してソフトウェアにインプットするインタフェースの開発に過ぎません。一旦データ化されてしまえば、それを処理するという本来人間らしいはずの分野については、既にAIの方が進歩しているという現状があります。

 このような技術の発展は指数関数的ですが、それが広まるのには人的・地理的・金銭的制約があるため、一次元低い(が相変わらず指数関数的な)スピードです。医療の大部分がAIに置き換わるのにはまだ乗り越えなければならないハードルが残されています。しかし、ライト兄弟が飛行機を飛ばしてみせるまでは機械が空を飛ぶことは科学的に不可能であると「証明」がなされたり、一昨年までは「囲碁でAIがトッププロに勝つにはあと10年かかる」と言われたりしていたことからも分かるように、人間は指数関数的な将来を予測することを得意としません。新聞紙を40数回折ると月に届くと言われても腑に落ちないのも同じような話です。医療がAIに置き換わる(置き換わってしまう)のが5年先か50年先かは分かりませんが時間の問題とも考えられ、またそれが何年先であろうと、その時期が直感に反するほど早い時期であるという予測は立てることができます。

 

 医療の自動化を阻むのは人間か

 私自身は医師として、医師の仕事がAIに置き換わっていってしまうことに、やはり残念な気持ちも感じます。しかし人間が今まで通りの人間である限り、たとえAIの性能的には医療を全て置換できるようになったとしても、医療の一定部分は当面このままであり続けると考えています。それは、医療が提供できるのは治療や情報だけでなく、「納得感」でもあるためです。

 例えば医療がAIによって完全に自動化できるようになったとすると、

  • この場面で最も効果の高い治療法はこれ
  • この場面で最も費用対効果の高い薬はこれ
  • この場面で最も納得できる(医師の)説明の仕方、言葉の選び方はこれ

という判断をAIができるようになります。それは大きな変化ではあるのですが、それでも医療(をはじめその他の対人産業)がAIに置き換えられるのには時間がかかります。それは、サービスに対して人が求めるのはモノやファクトだけではなく、納得感だからです。機械とソフトウェアの進歩にはあまり時間がかからないかもしれませんが、AIから人間が納得感を得られるようになるのには時間がかかります。つまり、AIの実用化の律速段階は、ソフトウェアではなく人間の価値観の変化にあると言えます。

 全く同じ料理を食べても「この道60年の職人が作りました」というのと、自動販売機から出てきた料理とでは満足度が違うように、人は「塩分と甘みと旨味成分が最高比率で混ぜ合わさった料理」を求めるわけではありません。同じ治療法を同じ言葉で勧められたとしても、人間とAIが勧めるのには(例え科学的な差はなくても)納得度に差が生じます。それは、AIを正当に評価できないという単なる人間の解釈の誤謬なのかもしれませんし、一方でむしろその解釈の差こそが人間が人間たる由縁で、AIはやはり人間にまだ及ばないということなのかもしれません。

 ソフトウェアの精度だけで言えば、あと5年もすれば医学的判断のそれなりの部分はAIに置換され得てしまう気さえします。しかし、実際に医師の仕事の多くがAIに置換されるのには、その倍、または更に倍くらいかかるのかもしれません。

 

症状チェッカーは生身の医師と共存できるのか

 今回リリースした症状チェッカー、そして症状チェッカーbotは、病院の中の医療を大きく変えるものではありません。医師が胸の音を聞いて、手を当てて、検査をした方が診断結果の精度も納得感も上回ります。そのような中で、これらのソフトウェアがもたらす価値はどこにあるのでしょうか。

 一つには、病院へ行く前のガイドとしての役割が挙げられます。医師不足が解決する見込みが立たないままである昨今、とりあえず病院へ行けば常に最高の医療が受けられるというわけではありません。餅は餅屋と言うように、同じ条件であれば適切な診療科のある病院やクリニックを受診した方が患者も医師も幸福なはずです。たとえば、めまいを見る専門診療科は耳鼻科とされていますし、頭痛を見る専門診療科は神経内科です。しかし、このようなことは広く十分に知られているでしょうか。症状チェッカーはただの見世物ではなく、限定された情報から分かる範囲内で、適切な診療科や医療機関への受診を促すシステムでありたいと願っています。限られた医療者のリソースを奪うことなく医療の適正化を達成するシステムの必要性は論をまちません。そして、それがウェブサイトのいち機能であればPCやスマートフォンを使えないご高齢の方にはアクセスが難しくなりますが、botならば音声認識でも、またはPepperのようなロボットに搭載して対話をしてもらうだけでも使用可能となります。

 もう一点は、医療者が使用するツールとしての可能性です。自身の専門とは異なる症状をもった患者が目の前に現れたとき、医師はどうすれば良いのでしょうか。その時点でできるベストを尽くし、分からない部分は専門の医師を紹介するのが最善と思います。しかし、例えば電子カルテに打ち込んだ文章から症状を自動的に拾い上げ、該当する病気やそれぞれを区別する上で行うべき検査などが表示されたらどうでしょうか。あるいは、稀だけれど見逃してはならない病気をアラート表示してくれたら、当直翌日も連続勤務で集中力の低下した医師のサポートにつながらないでしょうか。今回の症状チェッカーは医師の専門分野においてそれを上回ることを目指しているわけではありませんが、どのような医師にでも専門外の分野があります。そのような領域を少しでも補うことができるシステムとして、疲れ知らずに毎回同じ精度で病気を検索できるというのはソフトウェアの強みです。

 

 私は東京の都心部にある救命救急センターから北海道、沖縄県の離島まで、複数の現場で医療に従事してきました。そして、日本中には様々な形をしたまだ見ぬ「医療」が存在しています。しかし私の見た限り、そしておそらくまだ見ぬ現場であっても同様に、現場では医療の需要に対して供給が追いついていません。

 これは治療を受けられる、受けられない、というだけの話ではありません。納得がいくまで医師に質問できるか、自分の体調についての疑問がすべて解決したか。そのような観点から考えたときに、多くの現場では命を救うことや病気を治すことが優先されて、そこで行われている治療の意味や背景に至るまでの深い説明を受けることは難しいと思います。それは医療資源に限りがある現状では、ある意味避けられないことです。メドレーは、ITと医療を結びつけることでこの問題を解決すべく、これからも一歩ずつ歩を進めてまいりたいと思います。

 

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